少しいつける方が薬ですよ、奥さんしかし顔の讒訴などをなさるのは、あまり下等ですわ、誰だって好んであんな鼻を持ってる訳でもありませんから――それに相手が婦人ですからね、あんまり苛いわと鼻子の鼻を弁護すると、同時に自分の容貌も間接に弁護しておく。 こうだぜ――吾輩は美学を専攻するつもりだから天地間の面白い出来事はなるべく写生しておいて将来の参考に供さなければならん、気の毒だの、可哀相だのと云う私情は学問に忠実なる吾輩ごときものの口にすべきところでないと平気で云うのだろう。 それは追って篤と考えた上、猫の脳裏を残りなく解剖し得た時改めて御吹聴仕ろう。 全く迷亭君がわるかったんだろう。 おや御前いつ束髪に結ったの小間使はほっと一息ついて今日となるべく単簡な挨拶をする。 公式は略して結論だけ話そう結論があるかと主人が不思議そうに聞く。 近頃はどうです、少しは胃の加減が能いんですか能いか悪いか頓と分りません、いくら甘木さんにかかったって、あんなにジャムばかり甞めては胃病の直る訳がないと思いますと細君は先刻の不平を暗に迷亭に洩らす。 ――しかし猫の悲しさは力ずくでは到底人間には叶わない。 実は方々からくれくれと申し込はございますが、こちらの身分もあるものでございますから、滅多な所へも片付けられませんので……ごもっともでと迷亭はようやく安心する。 せっかくの苦心も一字残らず落第となった。 そんな論理がどこの国にあるものか。 あえて同族を軽蔑する次第ではない。 見送りに出た両人が席へ返るや否や迷亭がありゃ何だいと云うと主人もありゃ何だいと双方から同じ問をかける。 これはたしかに医者が計って見たのだから間違はありませんそれは新工夫だね、どうだい苦沙弥などはちと釣って貰っちゃあ、一寸延びたら人間並になるかも知れないぜと迷亭が主人の方を向くと、主人は案外真面目で寒月君、一寸くらい背が延びて生き返る事があるだろうかと聞く。