猫と生れた因果で寒月、迷亭、苦沙弥諸先生と三寸の舌頭に相互の思想を交換する技倆はないが、猫だけに忍びの術は諸先生より達者である。 今だに空也餅引掛所になってるなあ奇観だぜ歯を填める小遣がないので欠けなりにしておくんですか、または物好きで欠けなりにしておくんでしょうか何も永く前歯欠成を名乗る訳でもないでしょうから御安心なさいよと迷亭の機嫌はだんだん回復してくる。 にくらしいわ恐れ入ります褒めたんじゃない。 へえーと細君が差し合のない返事をする。 そりゃ病気に違いない。 一体誰に御聞きになったんですじきこの裏にいる車屋の神さんからですあの黒猫のいる車屋ですかと主人は眼を丸くする。 例のごとく椽の下まで行ってその談話を承わらなくては分らぬ。 決してそうでない。 それが伺えれば大変都合が宜しいのでございますが……それじゃ、御令嬢を寒月におやりになりたいとおっしゃるんでやりたいなんてえんじゃ無いんですと鼻子は急に主人を参らせる。 　忍び込む度が重なるにつけ、探偵をする気はないが自然金田君一家の事情が見たくもない吾輩の眼に映じて覚えたくもない吾輩の脳裏に印象を留むるに至るのはやむを得ない。 実を云うと苦沙弥の方が汁粉の数を余計食ってるから曾呂崎［＃曾呂崎は底本では曾兄崎］より先へ死んで宜い訳なんだ 言語も彼の顔面のごとく平板尨大である。 苦沙弥はあの時代から曾呂崎の親友で毎晩いっしょに汁粉を食いに出たが、その祟りで今じゃ慢性胃弱になって苦しんでいるんだ。 陣笠に立葵の紋の付いたぶっ割き羽織でも着なくっちゃ納まりの付かない紐だ。