しかし主人の考えでは一年持ち、二年持ち、五年持ち十年持った以上は生涯持たねばならぬと思っているらしい。 骨は出来ても鼻汁は出ますな。 旦那の事を少しでも知ってりゃ恐れるかも知れないが、駄目だよ、自分の小供の歳さえ知らないんだものと神さんが云う。 迷亭一流の喩をもって寒月君を評すれば彼は活動図書館である。 そうさ、到底日露戦争時代のものではないな。 株と云えば大根の兄弟分くらいに考えているんだからとまた羊羹をつまんで主人の方を見ると、主人も迷亭の食い気が伝染して自ずから菓子皿の方へ手が出る。 　主人のうちへ女客は稀有だなと見ていると、かの鋭どい声の所有主は縮緬の二枚重ねを畳へ擦り付けながら這入って来る。 そんな愚な奴がどこの国にいるものかと主人は斯様な人情の機微に立ち入った事を云われても頓と感じがない。 なるほど少し妙だねと鈴木君はどこまでも調子を合せる。 そうして新しい半襟を掛けたじゃないかへえ、せんだって御嬢様からいただきましたので、結構過ぎて勿体ないと思って行李の中へしまっておきましたが、今までのがあまり汚れましたからかけ易えましたいつ、そんなものを上げた事があるのこの御正月、白木屋へいらっしゃいまして、御求め遊ばしたので――鶯茶へ相撲の番附を染め出したのでございます。 その愚な奴が随分世の中にゃあるから仕方がない。 うん、気を引くと云うと語弊があるかも知れん。 そんな首縊りや何かやってたんじゃ、とても博士にはなれますまいね本人が首を縊っちゃあむずかしいですが、首縊りの力学なら成れないとも限らんですそうでしょうかと今度は主人の方を見て顔色を窺う。 妾しを誰だか知ってるのかい。