君行ったんなら見て来たろう、あの鼻を 唇が真黒になったと見ていると、今度はその下へちょいと丸をかいた。 おや絵もかくんでございますか、なかなか器用ですね、どれ拝見しましょうと眺めていたがあらいやだ、狸だよ。 三坪ほどの小庭へ招魂社の石灯籠を移した時のごとく、独りで幅を利かしているが、何となく落ちつかない。 ところがあなた大違いで……何か内々でやりますかね。 猫と生れた因果で寒月、迷亭、苦沙弥諸先生と三寸の舌頭に相互の思想を交換する技倆はないが、猫だけに忍びの術は諸先生より達者である。 それのみか折々は吾輩もまた人間世界の一人だと思う折さえあるくらいに進化したのはたのもしい。 これから本論に這入るところですから、少々御辛防を願います。 この間は岡山の名産吉備団子をわざわざ吾輩の名宛で届けてくれた人がある。 いや、これゃちょっと僕の云いようがわるかった。 空たり間たり天然居士噫と意味不明な語を連ねているところへ例のごとく迷亭が這入って来る。 ――もっとも問題は団栗だか首縊りの力学だか確と分らんがね。 何か無礼な事でも申しましたか、昔しから頑固な性分で――何しろ十年一日のごとくリードル専門の教師をしているのでも大体御分りになりましょうと御客さんは体よく調子を合せている。 僕の有望な画才が頓挫して一向振わなくなったのも全くあの時からだ。